注目作品
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AIによって生成されたポートレート。
The Architect of Mind
私は、二つの全く異なる世界を、両手にひとつずつ持って生きてきました。一つは、コンクリートと荷重計算と法規制でできた、極めて現実的な世界。日本で一級建築士の資格を取得し、建物という、決して嘘をつかない構造物と向き合いながら働いてきました。もう一つは、アメリカに渡ってから取得した、セスナ機の操縦士免許が象徴する、地上から離れ、自分の意志だけで高度と方向を選び取る自由の世界です(現在、この免許は更新しておりませんが、あの日、自分の力だけで機体を空へ押し上げた感覚は、今も私の一部です)。
かつて、車の運転免許を持つことすら「許されない」と感じるほど、自分の意志を誰かに明け渡して生きていた時期がありました。ナルシシストとの関係の中で、自分の輪郭そのものを見失い、ただ相手の顔色だけを頼りに呼吸していた日々です。そこから、自分の力で違う人生を選び直すまでの道のりを、私は理論としてではなく、皮膚感覚として知っています。
その経験を通して出会ったのが、カール・グスタフ・ユングの心理学でした。個性化、影の統合、集合的無意識——これらは私にとって、書物の中の概念ではなく、自分自身の内側で実際に起きた、生々しい通過儀礼の記録と一致するものでした。とりわけ関心を寄せているのが、エンパス(高度な共感能力者)と呼ばれる人々が、なぜ痛みを伴う個性化の道を歩まされるのか、という問いです。
そして今、その痛みの意味を言語化し、同じ道を歩む人たちが、自らの感受性を「弱さ」ではなく「力」として取り戻していくための一助となることを、自分の仕事の中心に据えています。
近年は、その関心をさらに広げ、量子物理学とユング心理学の交差する領域——特に、量子もつれという物理現象と、集合的無意識という心理学的概念との間に横たわる、深い構造的な類似性について、思いを巡らせています。物質と精神は、本当に別々のものなのだろうか。
私たちがひとりの人間として経験する「個性化」という営みは、人類という種全体の、あるいは地球という惑星の、もっと大きな進化のプロセスの、ごく小さな一断面に過ぎないのではないか。人工知能が人類の労働と社会構造を根底から変 えていくこれからの時代において、エンパスと呼ばれる人々の持つ感受性は、一体どのような意味を帯びていくのか。宇宙という途方もない広がりの中で、この地球という星、そして人間という存在そのものが担っている役割とは何なのか。
こうした問いに、明確な答えを出すためというより、問い続けること自体を、私は物語という形にして書いています。建築士として構造物を設計してきた手と、パイロットとして空を見上げてきた目と、そして自分自身の傷と向き合い続けてきた心——そのすべてを使って、これからも書いていくつもりです。現在はアメリカ在住。
創作ノート
ユング心理学の深淵からAIが描く人類の未来まで、知性と感受性が交差し、響き合う領域への探究を綴ります






